2020年 マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第8・9戦

生かせなかった“圧倒的なスピード”
第8、9戦 セントルイス

 インディ500で2勝目を挙げてから1週間。2019年に優勝したセントルイスで、佐藤琢磨はまたも栄冠を勝ち取ってもおかしくなかった。最初のレースを落としたのは、純粋にピットストップが長引いたため。第2レースでも琢磨は余裕でトップを快走していたが、レース戦略が裏目に出て勝利を逃していた。
 ミズーリ州のトリッキーなレイアウトを持つ1.25マイル・オーバルにやってきたとき、レイホール・レターマン・ラニガン・レーシング・チームの志気はいつになく高く、No.30のダラーラ・ホンダは直ちにペースを掴んでいた。金曜日に1回だけ行なわれたプラクティスで琢磨は5番手。その勢いは予選でも留まらず、土曜日の第1レースには5番グリッドから、日曜日の第2レースにはポールポジションからスタートすることが決まる。
 500で優勝して以来、怒濤の1週間を過ごしてきた琢磨は、コクピットに戻ってほっとひと息つくことができたという。「500で優勝したドライバーはクタクタに疲れ切ってしまうのがこれまでの常で、このため次のレースではいい結果を残せない傾向にありました」と琢磨。「でも今年は、移動に関する制限があったため、肉体的な負担は例年よりも少なかったと思います。僕たちはインディアナポリス・モーター・スピードウェイからどこかに行くことなく、ニューヨークなど他の州を訪れることもありませんでした。そのかわりにズームを使ったリモートインタビューを行なったので、おそらく取材をこなした本数は2017年よりも多かったはずです! でも、これについては誰も不満はいえませんよね。そして木曜の晩にセントルイスに到着すると、ぐっすり眠ることができました。さらにテクニカルミーティングにくわえ、木曜日はまる1日シミュレーターで作業をしたので、まったく休むことなくコクピットに飛び込んだ格好です。シミュレーションを終えると、マネージャーのスティーヴ・ヒューセックが運転するクルマでセントルイスに向かいました。およそ4時間のドライブで、到着したときは夜でした。その後はゆっくり休めたので、週末に向けて意識を集中することができました」
「今回もスケジュールは立て込んだもので、金曜日にプラクティスを1度行なうと、そのまま土曜日の予選を迎えます。この場合、予選までにデータを分析する時間が得られる点は嬉しいのですが、コンディションも変わってしまいます。セントルイスはとてもチャレンジングなコースで、僕の好みです。ルールによってダウンフォースが減り、エンジン・パワーは大きいのに車重は重くなったため、フレッシュタイヤを履いて燃料の量を減らした予選トリムでもターン1の進入ではブレーキを踏む必要がありました。このコーナーは、まるで190mphで曲がるヘアピンのように曲率がきつく、アペックスにやってくるまでコーナーの出口が見えません。そこでフラットアウトのままターンインし、それからブレーキをかけるので、どのくらいマシーンが不安定な状態になるか想像できると思います。また、ターン3とターン4ではバンクの効果が減っています。以前は全開でしたが、いまは無理です。予選でも50%のスロットル開度が限界で、少し戻さない限りクリアできません」
 予選フォーマットはアイオワ・スピードウェイのときと同じで、2周を走行し、1周目のタイムで1レース目のグリッドを、そして2周目のタイムで2レース目のグリッドを決めるというものである。
「今年、ファイアストンはコンパウンドがやや硬めなタイヤを持ち込みました。スコット・ディクソンが行なった予選シミュレーションを見ると、ファステストラップはアタック4周目に記録されています。けれども、予選で走れるのは2周だけです。僕は1周目を可能な限り全力でアタックしましたが、テキサスで起きたようなことは繰り返せないので、リスクを負うわけにはいきません。そこで1周目にマシーンのフィーリングを掴むと、2周目は本当のマキシマム・アタックで臨みました。自分の持っているすべての経験とエネルギーを注ぎ込み、可能な限り速く走った結果、ポールポジションを獲得し、深い満足感を得ることができました。No.30のスタッフは今回も素晴らしい仕事をしてくれました。彼らのことを本当に誇りに思います」
 RLLRチームは最初のスティントを長くして1回目のピットストップを先延ばしにする作戦を選択。また、今回のレースでは追い抜きが不可能に近かった。5番手からスタートした琢磨は、50周目までに9番手へと後退。この長い第1スティントが効を奏し、ピットストップを行なった64周目までに琢磨は3番手へと浮上する。ピットストップを終えると12番手に順位を落としたが、ポツポツと雨が降り出した影響で2回目のイエローが提示されたときには6番手に返り咲いていた。琢磨とその前を走るドライバーたちは、この段階でまだピットストップを行なっていなかったため、イエロー中にピット作業を行なうという幸運に恵まれたのである。
「スタートでは順位を守ろうとしましたが、マシーンが少しバウンシングしたためにあまり自信を持てませんでした。また、シモン・パジェノーにつかえてしまった影響で順位を落としました(パジェノーはレース序盤の多重クラッシュに関わり、このためイエローコーションが長く続いた)。彼は30〜40mph(約48〜64km/h)遅かったと思います。これはよくないことで、しかもとても危険です。僕はここでスロットルを戻して順位を落としました。このとき挽回を図ろうとしましたが、あまりにリスキーだったため、その価値はありませんでした。そこでトラフィックのなかに身を置き、その後の展開を見守ることにしました。これが後になってたくさんの機会をもたらすことになります。僕は誰よりもスティントを長引かせることに成功し、プッシュするときにはクリーンなエアを手に入れることができました」
 事実、琢磨は長く走り続け、レースが残り38周となったところで首位に立つ。この時点では、トップグループはまだもう1度ピットストップを行なう必要があった。No.30はさらに13周を周回し、残り25周の段階でピットストップを行なうと、フレッシュタイアを得てコースに復帰する。問題は、ピット作業が長引いたために琢磨はトップではなく、3番手でレースを再開したことにあった。
「いつもより4秒は余計にかかったと思います。このため、スコット・ディクソンやパト・オワードの2、3秒前でコースに復帰するのではなく、逆に先行される形となりました」
 フィニッシュまであと20周となったとき、琢磨は目の覚めるような動きを見せてオワードをパス。これで2番手になると、ディクソンと激しい攻防を繰り広げたが、ニュージーランド人ドライバーが僅差で競り勝ち、琢磨は2位でチェッカードフラッグを受けた。「ちょうどパトに追いついたところで、その勢いを失うわけにはいきませんでした。僕は優勝を目指し、全力で戦いました。パトはとても優れた才能を持つ若いドライバーで、彼のことは信用できます。だからこそ、僕も思いきったバトルをしかけられました。みなさんにも楽しんでいただけたことと思います。本当に際どい接近戦でしたが、彼のラインは残しておいたつもりで、グレイなことはしていません。レース後、パトは満面の笑みを浮かべて僕のところにやってきて、ハードなレースを大いに楽しんだと僕に打ち明けました! そこから徐々に、そして着実にディキシーに接近していきました」
「スコットは全力で走り続けました。彼は滅多にミスを犯しませんし、マシーンの調子もよかったようなので、オーバーテイクするのは恐ろしく困難でした。ただし、僕のマシーンのほうが速く、バランスも間違いなくよかったと思います。それでも0.5秒以内に近づくとタービュランスの影響を受けてダウンフォースを失うので、とても難しい状況でした」
 結果的に、ピットストップが勝敗を分けることとなった。「あのような形で破れるのはひどく残念なことです。けれども、ドライバーだってミスを犯しますし、メカニックも人間です。おそらくホイールナットの問題でしょうが、僕は引き続きNo.30のメカニックたちのことを誇りに思っています」
 ポールからスタートした日曜日のレースでも琢磨は長く走り続けたが、今度はレース戦略が思うように機能しなかった。なるほど、琢磨は最初のスティントで易々とリードを保ち、59周目に最初のピットストップを行なうまでそのポジションを守ったが、このスティントの後半は、ほぼ周回遅れとなっていたエド・カーペンターに行く手を阻まれることとなる。しかも、この日は前日よりもさらにオーバーテイクが難しい状況だった。というのも、インディカーに先立ってNASCARのレースが行なわれたためにそのタイヤ滓がコース上に残っていたほか、コース清掃車がオイルをこぼし、これがセメントのホコリで覆われた結果、走行ラインを外れると満足なグリップが得られなくなっていたのだ。
 いっぽう、マシーンには改良の手が施された。ここで特に問題とされたのが、土曜日のレースでスタート時のスピードが伸び悩んだことだった。「僕はライバルたちをすべて置き去りにしました。スタートから2周を消化したあたりで1.5秒か2秒は引き離しましたが、これはもう十分以上の速さです。僕はただレースをコントロールしていました。ペンスキーのふたり(ジョセフ・ニューガーデンとウィル・パワー)が追いついてこようとするのが見えましたが、彼らが近づいたときにはスロットル・ペダルを少し踏み込むだけで十分なリードを保つことができました。しかも、燃費もたっぷりセーブできました。けれども、今回はイエローがなく、あっという間にエドに追いつきました。いっぽうでコースはひどいコンディションでした。NASCARレースが行なわれた影響でラインを外れたところには小さなマーブルが散乱しており、オイルもこぼれていて路面はひどく滑りやすい状況だったのです。このため、23台のマシーンは一列縦隊になって周回していました。インサイドかアウトサイドにラインを外した途端、グリップが急激に低下するため、最後尾のドライバーがペースを決める格好になっていました」
「ライバルたちは僕が土曜日のレースでオーバーカットしたことを確認していました。つまり、スティントの後半で僕になにができるかについて気づいていたのです。そこで彼らは、僕が周回遅れに捕まることを見越して、アンダーカットすることを決めたようです。僕たちは、もともとの作戦に固執し、周回遅れがピットに入るのを期待するばかりで、これに対応できませんでした。彼らがピットインすればクリーンなエアが得られましたが、その代償はあまりに大きなものでした」
 8番手でコースに戻った琢磨は、今度は何周も遅れをとっているザック・ヴィーチに行く手を阻まれてしまう。長いスティントに続いて行なった2回目のピットストップの前には再びトップに立ったが、コースに復帰すると6番手になっていた。さらなる問題は、ここでまたもやヴィーチの後ろにつけてしまったことにある。このとき彼は最後のピットストップに向けて通常のストラテジーで走行していたが、それでもディクソンの先行を許し、7番手へと後退する。
「僕の目の前には、実質的に4周遅れのNo.26(ヴィーチ)が居座っていました。もしも彼がエドのように1周遅れだったとしたら、周回遅れにならないように懸命に走るのもわからなくはありませんが、アンドレッティ勢がやったことには同意できません。彼はコルトン(ハータ。アンドレッティに所属するヴィーチのチームメイトで、このときハータと琢磨はチャンピオンシップを争い立場にあった)を援護するように指示されていたのでしょう。ザックには毎周ブルーフラッグが提示されましたが、それをことごとく無視していました。ザックは優秀なドライバーなので、簡単に抜くことはできず、行く手を阻まれてしまったのです」
 レースが残り4周となったところで、周回遅れと上位陣が混じり合うような状況が生まれ、ここで琢磨はウォールと接触してしまう。これでイエローが提示されると、そのままフィニッシュを迎えた。このとき琢磨はふたつ順位を落としたが、最後までイエローが続いたため、琢磨はダメージを受けたマシーンを労りながら9位でフィニッシュすることに成功する。「ターン1とターン2で、いきなり3ワイドもしくは4ワイドが繰り広げられました。僕はブレーキをかけましたが、これはオーバーテイクのためではなく、アクシデントを避けるためでした。そのとき、イン側に遅いマシーンがいたので、アウト側に避けたところ、路面のグリップが極端に低く、ウォールをなめるような形となってトーリンクを曲げてしまったのです」
「この週末は圧勝できそうだったので、9位という結果はひどく残念です。なにが起きたのか、僕たちはしっかりと再確認する必要があります。もしも最初のピットストップで素早く対応できていたなら、ペンスキーやガナッシの前でコースに復帰できていたでしょうが、実際には彼らの半周遅れになっていました。でも、このような結果も受け入れなければいけません。インディ500で優勝してから状況は大きく変わっているのに、今回もメカニックたちは驚くような働きぶりをみせてくれました」
 望むらくは、レイホール・ファミリーのホームグラウンドであるミドオハイオで、チームの真の力量を発揮して欲しいものである。「ミドオハイオのレースはRLLRにとってとても重要です。できれば、本当にいい週末にしたいですね」と琢磨。「ここまでのところ、本当に驚くような戦いが続いています。チームには、そのことについて心から感謝しています」

written by Marcus Simmons


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