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2020年 マーカス・シモンズレースレポート:インディカーシリーズ第7戦

生涯2度目の“ミルクシャワー” 第7戦 インディ500

 どんなレーシングドライバーにとってもインディ500での優勝は人生のハイライトに値することだが、アメリカ最大のレースで2度目の勝利を勝ち取った佐藤琢磨にとっては本当に大きな意味を持っていた。なぜなら、彼をサポートする周囲の人々にとっても、琢磨と変わらないくらい大きな価値があったからだ。
 今年のレースでは、残り5周の時点でレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのチームメイトであるスペンサー・ピゴットが激しくクラッシュし、最後のイエローコーションが提示されたが、このときトップを走っていたのが琢磨だった。そしてNo.30のRLLR ダラーラ・ホンダを駆る琢磨は、ライバルたちを引き連れて最後の12.5マイル(約20km)をゆっくり周回すると、2017年に続く2度目のインディ500優勝を果たしたのでる。チームにとって、これは2004年にバディ・ライスが栄冠を勝ち取って以来の快挙となった。
「とてつもない1日となりました」と琢磨。「観客がいても、いなくても、インディ500が特別なレースであることはいうまでもありません。観客がいないことで雰囲気は違っていましたが、インディ500での優勝はまさに別格なので、その意味では2017年のときと同じ気持ちでした。いっぽうで、大きく異なっていることもありました。関係者への感謝の気持ちがとても強く感じられたのです。まずは、レースの開催に漕ぎ着けたIMSとロジャー・ペンスキーに心から感謝の思いを抱きました。なにしろ、多くのスポーツ選手が新型コロナウィルス感染症の影響で試合にすら出られない状況なのですから……」
「RLLRのチーム全員、とりわけNo.30の担当スタッフは信じられないほど素晴らしい働きを示してくれました。すべて彼らの功績です。このチームの一員でいることを誇りに思います。2017年にアンドレッティ・オートスポーツで優勝したときは、自分自身の願いであったり夢がかなったと感じていましたが、今回は違います。2012年のことはいまも忘れられません。僕はレイホール・レターマン・ラニガン・レーシングのために懸命に戦い、199周目、ダリオ・フランキッティに猛チャージを仕掛けましたが、チームに結果をもたらすことができませんでした。ところが、ボビー・レイホール、デイヴィド・レターマン、マイク・ラニガンの3人はそれからもずっと僕のことを信じてくれて再びチャンスをくれたのです。僕が大歓迎を受けてチームに復帰したのが3年前のことでした。インディ500が開催された日曜日、僕は2012年にできなかった彼らへの恩返しを果たすことができました。本当に素晴らしいことだったと思います」
「このプロジェクトに関わったすべての方々にお礼を申し上げますが、多くの人があまり知らないであろうマイク・ラニガンさんには特に感謝しています。デイヴィドはセレブリティでボビーは有名なレーシングドライバーですが、マイクは有能なビジネスマンで僕のマシーンを財政面で強力に支援してくれました。マイクの助けなしにはレースを戦えなかったことでしょう」
 琢磨と彼が駆るダラーラ・ホンダは、予選が行なわれる前から優勝候補の一角に数え上げられていたが、プラクティス前にトランポからマシーンが下ろされた段階では、必ずしもそうではなかった。今年は、2日間の走行に続いてファスト・フライデイを行なった後で予選が実施された。「通常、僕たちは1週間のプラクティスを終えてから予選を迎えます。したがって、走行時間はとても限られていました。しかも通常のプラクティスと比べても、タイアを比較する機会はだいぶ少なくなりました。比較テストなどもできなかったので、どのアイテムをテストするかについては優先順位をつけなければいけませんでした」
「新たにエアロスクリーンを装着した影響でマシーンのキャラクターはずいぶん変化しました。プラクティス初日、僕たちは3位でフィニッシュした去年のコンペティティブなセットアップをベースとしたマシーンで走行に臨みましたが、思いどおりの挙動を示してくれませんでした。それでも僕たちはすべてのデータを丁寧に収集し、3日目に向けて徐々に操りやすいマシーンに仕上げていきました。そしてファストフライデイを迎えるまでには、まずまず正しい方向を見つけることができました」
 ところが、RLLRの琢磨、グレアム・レイホール、ピゴットの3人は予選でライバルたちを出し抜けるかもしれないことに気づいていた。「過給圧を上げたうえにダウンフォースを減らすのですから、予選はまったくの別物です。ファストフライデイの段階で、僕たちのマシーンが圧倒的に速いわけではないのはわかっていました。そのレベルには達していなかったのです。そこで僕たちは、スピードを無理やり引き出すリスキーな方法ではなく、安定したペースを追求する方向に戦略を改めました」
「エアロスクリーンを装着したマシーンはドラッグが大きいのに空力効率とダウンフォースが低下しているほか、エアロスクリーン自体がマシーンの高い位置に装着されているのでメカニカルグリップにも悪影響を及ぼします。ブーストを上げた結果、ターン1の到達速度はずっと速くなっているのに、そのままの勢いでコーナーを曲がれるパフォーマンスがマシーンにはありませんでした。タイアのデグラデーションも、ここ何年かのなかでは特に大きくなっていました。このため、規模の大きなチームは、1周目はものすごく速いのに、最後の4周目にはタイムが大幅に低下していたのです」
 RLLRチームにとって運がよかったのは、土曜日の午前11時に始まる予選セッションで最初に走行する権利をグレアムが引き当てたほか、琢磨は2番手、ピゴットは7番手で出走するクジを引いたことにある。これは、気温が上昇する前の涼しいコンディションで走行できるので非常に重要だった。しかも、レイホールは8番手、琢磨は9番手でファスト・ナインに駒を進めたのだから、出走順が極めて大きな役割を果たしたのは間違いない。そして、安定したタイムを刻むセッティングも見逃せない効果をもたらした。琢磨が1周目に記録したラップタイムは、ファスト・ナインに進出できなかった3名のドライバーよりもむしろ遅かったが、平均速度が速く、最終的に230.792mph(約369.3km/h)をマークしてみせたのだ。
「出走順のクジ引きについて僕たちは純粋にラッキーで、そのことはファスト・ナインに進出できたという結果に表れています。今回は初めて、2度目と3度目のアタックを(他のドライバーが最初の走行を終えた後で)行ないました。土曜日のファスト・ナインは午前11時ではなく午後1時に実施される予定で、天気予報によれば、この日は風が強く、気温も上昇すると見られました。そこで、こういった状況に向けて準備することが重要だと僕たちは考えたのです。また、僕たちはファスト・ナインの当落線上にいたので、トップ9に入れたことでほっとひと安心しました!」
 日曜日のファスト・ナインに向けた準備として、琢磨とレイホールは午前中のプラクティスに出走することを決める。エンジン・マッピングが気温の変化に対して敏感なため、他のチームは予選までにエンジンが十分冷えない可能性を考慮してシミュレーションを選択していたのとは対照的な判断だった。「でも、実際のテストに優るものはありません。僕たちは最適なスピードとギアを完全に把握しており、それを選択しました」
 翌週のレースで琢磨が優勝候補の最右翼に数え上げられるようになったのは、このときからだった。ファスト・ナインで琢磨が記録した1周目のタイムは全体の6番手に過ぎなかったが、2周目にタイムを更新したのは琢磨ひとりで、最終周の4ラップ目に記録したタイムは全体の2番手だった。そして9名のドライバーのなかで3番手にあたる230.725mph(約369.2km/h)を叩き出し、マルコ・アンドレッティやスコット・ディクソンと並ぶフロントロウを手に入れたのだ。インディ500でフロントロウを勝ち取ったのは、琢磨にとってこれが初めてのことである。
「これはギアリングとエンジン・リミッターの組み合わせによって起きてしまった結果です。ターン1とターン2の間でわずかにエンジン・リミッターの作動領域に達してしまったのです」 琢磨はオープニングラップで起きたかすかな異変をそう説明する。「リミッターにあたったとき、強いフラストレーションを感じました。ただし、その後の2周目、3周目、4周目はコクピット内に用意されたツールを用い、できるだけコンスタントな走行ができるように心がけました。出走順は僕が1番だったので、誰かをベンチマークにすることはできなかったのですが、フロントロウを獲得できたのは本当に最高の気分でした。過去を振り返ってもこれは素晴らしい結果ですし、マルコがポールを獲ったのも嬉しく思いました。もしも自分がポールを獲れなかったら、特別な存在のドライバーがポールシッターになったほうが嬉しいですよね!」
 ファスト・ナインの後にもう1度プラクティスが行われ、5日間のインターバルを置いてカーブデイが実施される。ちなみに琢磨はカーブデイで4番手につけた。「カーブデイを終えるころ、本気でレースを戦えるマシーンに仕上がったことに気づきました。絶対的なスピードでは少しトップにかなわないかもしれませんが、トラフィックのなかやスティントを通じた安定性ではもっとも仕上がりのいいマシーンの1台でした」
 そしてレースではこれが事実であることが証明される。スタート直後、ディクソンがアンドレッティをパスしてトップに浮上。そして琢磨はバックストレートでNo.98を抜き、ターン3には2番手で進入した。4周目、琢磨はライアン・ハンター-レイにパスされて3番手に収まる。この状態が、レース序盤の25周目にマーカス・エリクソンがクラシュして2度目のイエローが提示するまで続いた。このとき、上位陣の全ドライバーがピットへと向かった。ピットストップ中に琢磨はハンター-レイに先行。琢磨は、ディクソンとトップ集団を形成する7台に続く9番手につけていた。この7台はいずれも後方のグリッドからスタートしており、レースが始まって間もなく提示されたイエローでピットに入ったため、通常のルーチンとは異なるストラテジーでレースを戦っていた。
「僕が狙っていたとおりの展開でした。ディキシーがターン1の手前でマルコを抜いたとき、僕は直ちにこれに反応してディキシーを追わなければいけませんでした。それが、僕のやりたいことのすべてでした。500は長いレースですが、自信を手に入れることで、必要なときには全力を投じられるようにしておかなければいけません。いちばん大切なのは最後の30周ですが、それまでにマシーンをチューニングしておく必要があるのです」
「去年、僕は周回遅れのまま100周ほどを走行しました。ただし、15番手前後を走っているときの感触は大きく異なっており、トップグループまで浮上したときは、マシーンを変更するにはもう手遅れでした。これがわかっていたので、1台の後方を走っているとき、2台の後方を走っているとき、3台の後方を走っているときの挙動がどうかをはっきり確認しておきたかったのです。それ以上の台数の後方を走る必要はありませんでした。そこで僕はディキシーを追走しました。およそ2時間後に同じことをすると、僕は予想していたからです。この状況下でどれだけの燃料をセーブできるかを確認したいと思っていましたから、ハンター-レイと真剣にやりあうつもりはありませんでした。もしも彼のマシーンが速いのならば、今はどうぞ先に行って下さいという気持ちでした。自分はただ付いていくだけだと。2台の後方を走ってみると、やはり多くのダウンフォースを失いましたが、僕がやらなければいけないのは、ピークに近いパフォーマンスをできるだけ長く保って走り続けることでした。走行中にフロントが強すぎると感じたので、ピットストップではフロントウィングの角度を少し寝かしました。しかし、やり過ぎたようで、今度はフロントのグリップ感が弱くなってしまい、この後、もう1度フロントウィングを先ほどの半分ほど起こし、しかし、まだ調整が大きかったようで、改めてそのまた半分ほど寝かせるという具合に、微調整を繰り返しました。もちろんタイアの空気圧も重要です。また、走り始めの5周でタイアをどう扱うかも、スティントの最後には大きく効いてきます」
 エリクソンのクラッシュに続くリスタートで琢磨は大きく順位を落とす。ベン・ハンリーは早くにピットストップしたドライバーのひとりで、ペースが伸び悩んでいた。そこでNo.30はピットストップを行なったところ、アレクサンダー・ロッシ、アンドレッティ、ハンター-レイ、ライナス・ヴィーケイに先行される。ただし、琢磨は失地を挽回。さらにもう一度、グリーンの状態でピットストップを行なうと、ダルトン・ケレットのクラッシュにより84周目にイエローコーションとなる。ここで琢磨はディクソンに続く2番手へと返り咲いた。
「ちょっと心配になりましたが、レースはまだ前半戦です。続く150周がずっとグリーンのままだなんて考えられません!」 ハンレイの事故に絡めて、琢磨はそんなジョークを口にした。「挽回できることはわかっていたので、パニックにはなりませんでした。ハンター-レイとロッシは、スティントの最初はものすごく速いのに、結果的に僕は彼らをスティントの中盤以降、毎回オーバーテイクしました。僕たちの強さに自信を抱いていました。また、リスタート時のパワーに関しては、僕たちはオーバーブーストによる大きなペナルティを回避する目的でややコンサバティブなマッピングを使っていました」
 本当にヒヤッとするシーンが訪れたのは124周目のこと。アレックス・パロウのクラッシュをきっかけにして多くのマシーンがピットになだれ込んできたのだが、このとき、琢磨目がけてロッシのマシーンが発進する格好となる。ここで2台は接触。事故の責任を問われたロッシは集団の後方までポジションを下げるように命じられた。「あれはいちばん危ない状況でした。もしもマシーンがダメージを受けていれば、それですべて終わりです。No.30のメカニックたちはすべてのピットストップを完璧にこなしました。5回ピットストップして、ミスはひとつもありませんでした。ロッシと接触したとき、パト・オワードがハイスピードレーンにいたので、僕はロースピードレーンで加速していたときにアレックスが発進したため、僕には避ける手段がまるでありませんでした。とても心配な状況でしたが、僕は右にステアリングを切ってブレーキをかけたところ、フロントのアップライトに対して90度の方向で衝撃が加わったため、ダメージを受けずに済みました」
 コース上でロッシがクラッシュしたためにイエローが提示され、レースは残り47周となったところで再開した。それから3周以内に琢磨はディキシーをパスしてトップに立った。「いまこそ、自分のスピードを示し、トップに立った状態でどの程度の燃費を記録できるかを確認すべきときでした。スコットもこのことに気づいたようで、僕の後方に留まって燃料をセーブする作戦を選択します。僕には168周目まで走りきれる自信がありました。そこまでピットストップを引き延ばせれば、最後のスティントは32周で済みます。これはややタイトな展開ですが、それでも誰のトウも借りることなく、比較的コンペティティブなパワー・ミクスチャーで走りきることができる計算になります」
 事実、琢磨は168周目にピットストップ。ディクソンは1周だけピットを先延ばしにしてNo.30をオーバーカットし、事実上のトップに躍り出た。トップと2番手はザック・ヴィーチとマックス・チルトンだったが、ふたりとももう1回ピットストップしなければならなかった。残り28周となった172周目、琢磨はディクソンを攻略。チルトンとヴィーチがピットストップを行なうと首位に浮上した。
「ターン2から脱出したところで僕はフルパワーで加速することを決め、彼をオーバーテイクしました。けれども、フィニッシュまでまだ30周あるので、少しだけ燃料をセーブし、最後まで走りきれるような燃費データに保ちました。スコットは何度か僕をオーバーテイクしようとしましたが、それらは成功せず、ターン1の進入では僕がポジションを守りきりました。このとき、たとえ最後の3ラップまでハードに競り合ったとしても、自分のポジションを守り通せる自信が湧きました。彼とのギャップを0.7〜1.0秒に保って走っていたところ、彼も燃費をセーブし始めたのがわかりました」
「僕たちは周回遅れに追いつきましたが、トウを使って燃費が稼げるので、これはトップに立っている者にとって有利です。問題は、僕自身がトラフィックに追いついてしまった場合です。では、どうする? オーバーテイクはできる限り速く終わらせる。これを僕は実践しました。チャーリー・キンボールとトニー・カナーンは競り合っていましたが、僕は運がいいことにトニーを素早く追い越すと、彼をスコットの目の前に取り残しました。このときはクリティカルで、彼がこのままずっと僕に追いつかないとは思っていませんでしたが、でも何が起きるかは予想がつかないものです」
 そしてピゴットがクラッシュ。琢磨は栄冠に向けて5周をクルーズするだけでよかったのだろうか? 理論的には、確かにそうなるが、物事はそれほど簡単ではなかった。「最初に、スペンサーのことがとても心配でした。僕は不安に思っていましたが、インディーカーの安全性は素晴らしく、彼は無事、マシーンから脱出しました。これにはほっとしました。次の疑問は赤旗が提示されてシュートアウトを行なうことになるのではないか、というものです。そうなっても僕は構いませんでしたが、レースコントロールの決定は、イエローのままチェッカードフラッグを提示するというものでした。というのも、クラッシュの影響でピットレーンの入り口がダメージを負っていたからです。イエローのまま走る最後の数周は、本当に長く感じられました! もともとレーシングカーは全開で走ることを前提にしているので、スピードが遅すぎると壊れてしまう恐れがあります。温度が低すぎるとか、油圧が低すぎるなどのためです。これが僕にはとても心配でした。そこで僕は20秒おきに、ギアボックスの温度、油圧、ECUの温度などをピットに訊ねました。ピットも心配していることは無線を通じて感じられましたが、それと同時に必要以上に彼ら自身が熱くならないように気をつけていることもわかりました。コクピットに収まっている僕もまったく同じ気持ちでした」
「最終ラップのターン3とターン4に進入し、そこからの脱出でトラクションを感じ取ったとき、ようやく優勝できるという実感が湧きました。そしてフィニッシュラインを越えるときは熱い気持ちに満たされました。みんなは大騒ぎしていました。彼らのためにも、本当に嬉しくなりました」
 インディ500ウィナーとして全米を駆け回った琢磨は、ゲートウェイでのダブルヘッダーに挑むため、セントルイスへと向かった。2019年にここで琢磨が優勝したことはご存じのとおりだ。
「毎朝、起きるたびにほっぺたをつねります。これが日本のやり方なのですが、もしもほっぺたが痛ければ現実で、そうでなければ夢ということになります! 僕自身のために嬉しいだけでなく、長年支援してくださっているスポンサーのみなさま、チーム、メカニックたち、ファン、そして応援してくださるすべてのかたがたのためにもこの勝利を喜びたいと思います。あの瞬間を味わいつつ、この素晴らしい勢いを保ってシーズンの残りレースを戦うつもりです」

written by Marcus Simmons

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